共感を呼ぶ正義感と優しさ ドリトル先生アフリカゆき
ドリトル先生アフリカゆき

ロフティング/作
井伏鱒二/訳
岩波書店 ¥1560
岩波少年文庫もあります。
ISBN4-00-115001-8
読物=小学校中学年から
 ドリトル先生の「ドリトル」というのは、「ドゥー・リトル(ほとんど何もしない)」という意味だそうです。大好きな動物のために家計もかえりみない博物学者のドリトル先生は、はた目には何もしない怠け者に見えます。そんなドリトル先生にあいそをつかして、妹のサラさえも家を出て行ってしまいます。
■ 単なる冒険物語ではなく ■
 それでもますます研究にのめり込んだドリトル先生は、オウムのポリネシアの助けを借りて、動物の言葉を覚え、とうとう動物のお医者さんになってしまうのです。そんなドリトル先生が、サルたちの間に流行している疫病を治すために、アフリカへの旅に出るところからこの話は始まります。

 私が「ドリトル先生アフリカゆき」に出会ったのは、小学校の三・四年の頃だったと思います。父親が珍しくまるごと一冊読んでくれて、とにかくめちゃくちゃとしか言いようがないほど面白かったことを覚えています。ドリトル先生は何もしないどころか、すばらしいことをしているのです。

 大人になって読み返してみて、この物語がドリトル先生と、かしこい動物たちの単なる冒険物語ではなかったことがわかりました。ロフティングの描くドリトル先生の恐れを知らぬ正義感は小気味よく、動物への優しさには安心感と共感を覚え、登校拒否気味だった私にとってホッとする世界だったのだと思います。
■ なくてはならない存在 ■
 当時、農家だった私の家にはいろいろな動物がいました。馬は田んぼを耕し、ヤギは乳を飲ませてくれ、ニワトリは卵を提供し、猫は穀物を荒らすネズミを退治してくれました。賢いオウムのポリネシアや、けなげに家計のやりくりをするアヒルのダブダブとまではいかなくとも、私たちにとってなくてはならない存在でした。
 
 時代の移り変わりとともに、まわりに動物の姿を見ることが少なくなりました。それでも子どもたちの動物に対する興味は、今も昔も変わらないような気がします。子どもの本には必ずと言ってもいいほど、動物が登場します。店においでのお子さんたちが我が家の猫や犬に対して興奮し、じゃれ合う様子を見ても、動物たちの存在が子どもに与える影響の大きさを実感します。

 時々、小学校の図書館を見せていただく機会もありますが、四十数年たった今でも「ドリトル先生」が健在で、子どもたちに楽しまれているのを知るとホッとします。
■ 動物との関係忘れずに ■
 今ではロボットの犬もでてきて、大変人気があるようですね。私など何やら寒気も覚えますが、本来の人間と動物の関係を忘れないためにも、ドリトル先生にはもう少し長生きしてもらいたいものです。

 余談ですが、ドリトル先生の忠犬の名前をいただいた我が家のジップですが、いつかはあのジップのように、恐るべき嗅覚で我が家の窮状を救ってくれるかもしれないと、密かに期待しているのですが、いまだその嗅覚は晩御飯の時にしか働かないようです。
執筆 小宮楠緒