なまけものばあちゃんの徒然草(2005/3/7)
 2005年という新しい年を迎えました。孫の誕生で一時お休みしておりました「竹とんぼ新聞」を、また発行することにしました。2004年は、台風、地震など、相次ぐ天災、個人的には、父親(北御門二郎)の死という事件の相次いだ、衝撃的な一年でした。

 ひるがえって考えると、私にとって、それは、物事を考え直す、いい機会だったようにも思います。人間の力ではどうにもならないものがあること、一瞬にして、住む所や命までもなくなるかもしれないこと、そこには、日頃、人がいつも考えていなくてはいけないものがあるような気がしました。被災地の方のことを考えると、そんなのんきなことを言っていいのか?とお叱りを受けるかもしれませんが、長い目で見れば、苦しい避難生活の中にも、意味があった、と思われる日が、きっと来る、と信じたいと思います。

 父親の死は、予期していたこととはいえ、私にとって、かなりショックでした。けれども、それも、一度は通らねばならない道ですし、残された父の翻訳などを読み直し、生きている時よりずっと、父の思いが胸に迫ってきて、肉体の消滅イコール精神の消滅ではないことを、実感しています。

 同居の孫も4歳、と2歳5ヶ月になりました。正直に言いまして、ぞうぞうしさに、逃げ出したい時もありますが、それでも爺婆ともに、ゆっくりと、体重が、ふえていくのは、やはり、この孫達に気をもらっているせいかな?とおもいます。上の閑戸はもちろん、最近では妹の美留も絵本を楽しむようになりました。くわしくは、下の「孫と歩けば」のコーナーで紹介してまいります。

今年は、明るい話題をお伝えしたいとおもいます。どうぞ、よろしく、お付き合いくださいませ。

なまけものばあちゃんの徒然草(2004/6/16)
梅雨入り宣言から久しくなりますが、さわやかな天気がつづきますね。

 白蝶草やカワラナデシコを引き立て役にして、ガイラルディアや、エキナセア、ルドベキア、それにアジサイなどがはなやかに咲きそろいました。 昨年は、強風のためほとんど収穫できなかったスモモも、枝も折れよとばかり、びっしり実っています。

 夕暮れ時、庭を歩くのが大好きです。コガネムシにかなりやらたアーチの薔薇ニュードーン、花の終わりかけたソープワートやレースフラワーなど、白っぽい花などは、きれいな部分だけが宵闇に浮かぶように、とてもきれいに見えます。
 
 そういえば、うちの旦那さんは、花の写真を撮るときは、直射日光の中では撮りません。ほんとに花がきれいに撮れるのは、朝か夕方なのだそうです。これから、暑くなると、日没後のほんのちょっとの時間が、とても貴重になります。

 さて孫との同居生活も、5ヶ月になりました。4月から幼稚園に通い始めた3歳2ヶ月のカントは、心身ともに疲れるのか、帰ってくるなり、わがままが爆発します。一人のときは比較的おとなしくしていた1歳7ヶ月のミルもお兄ちゃんが帰ってくるなりケンカをはじめたりで、夕食の準備をするママを困らせます。

 そうなるともうお手上げで、誰がなんといっても、2人で泣き喚くということがよくあります。

 ちょっとしたきっかけですぐに機嫌が直るのですが、「そういえば夕方の一番忙しい時間に、こういうことがよくあったなー」と過去の子育ての頃を思い出します。子どもからすればじっくり相手をしてもらえないという不満があるのでしょうが、大人にしてみれば何もこんな時にかぎってとなるわけです。

 絵本はほとんどママまかせです。このところ一人遊びのときにでてくる言葉が「りぜっとおばあさん」です。「こねこのぴっち」にでてくるやさしいやさしいおばあさんです。ついつい声を荒げることの多いこの頃、内心、ドキリ!

なまけものばあちゃんの徒然草(2004/4/27)

ながらくごぶさたいたしました。

 二人の孫との同居で、てんやわんや。まるで自分のの子育ての復習をさせられているような毎日です。

 3歳と1歳半の孫との暮らしには目をみはるようなできごとがしょちゅうあります。
 我が子のときはわからなかったことがわかったり、こういうときはこうすればよかったのかのか、と反省させられたりの連続です。

 紺屋の白袴、ともすれば、我が子に本を読んでやる暇もなかった子育て時代がよみがえります。これからは、孫との生活や、その時々、気づいたことを肩肘張らず書いていくつもりです。気楽にお付き合いください。

 3歳になろうとするころから、上の男の子は急に絵本を楽しむようになってきました。「ねずみのほん」「くれよんのはなし」から始まって、「はたらきもののじょせつしゃけいてぃー」や「マイク・マリガンとスチーム・ショベル」ちょっとどうかな?と思われる「海べのあさ」も何度もリクエスト、かとおもえば、私の大事なサカタのタネのカタログまでいつのまにかボロボロというありさまです。

 実はこのサカタのタネのカタログに執着するのには訳があります。生まれてまもなくの頃から、ちゃんと歩けるようになるまでおんぶしたりだっこしたりして、私のたった一つの楽しみである草花づくりに付きあわせてきました。

その結果、うっかりしようものなら、お隣の縁側にすわりこんでおやつをいただきながら、「お貞さん(奥さんの愛称)ボロ二アはげんきね?」と昨日まで元気のなかった鉢植えを話題に花談議、としゃれこむようになりました。恐るべき3才児。