これ よむ?

熊本日日新聞・夕刊に連載中(毎月1回)「
これ よむ?」のコーナー。
テーマに合わせて、竹とんぼ・お薦めの児童書を紹介しています。
執筆:小宮 楠緒

3月のテーマ 与えられた命

 思い悩み疲れたときに

 人間関係に疲れ果てていた小学校の先生が、図書館の片隅で、ふと、手に取った「せいめいのれきし」を読んでスッと疲れが抜けていくような気がした。というお話を伺ったことがあります。人間の歴史は、生命の歴史全体から見ると、針の先でつついたほどのもの。その一時代の、ほんの一時の、些細なことで悩んでいた自分に気がついて「なんだ、たいした事ではないんだ」と思ったというのです。

 「赤ちゃんのはなし」という絵本を読むと、目に見えないところから生まれてくる生命の不思議に驚かされます。

  そして、「おおきな木のおくりもの」は、長い年月を生き抜いたナラの木が、やがて弱り倒れて朽ち果て、そして、そのタネから若木が育っていくという、命の循環に感動します。

 「せいめいのれきし」からは、今の自分の悩みを見直すきっかけを、「赤ちゃんのはなし」からは、自分の誕生の意味、命の重さを、そして「大きな木のおくりもの」からは、物言わぬナラの木に、生きることの本当の意味を教えられます。

 毎日のように、若者の自殺など、目をおおうできごとが、ニュースになります。大人の目から見ると些細なことでも、当人にとっては、絶体絶命に思えてしまうのでしょう。

 そういう私も十代の頃、なんともばかばかしいことで思い悩んで、死にたいと思ったことがありました。しばらくして、「お父さんもそんなことあった?」と父親に尋ねたところ「そりゃあ、あったよ」と、事もなげに言われて、拍子抜けした覚えがあります。

 こんな経験はだれにでも一度や二度はあることでしょう。けれども、自分という存在が、その人自身にとって何より大切だということ。だからこそ、与えられた命は、生きていかねばならぬこと。そして、その結果、必ず生きることの意味が見えてくることを知ってほしいのです。日頃、これらの絵本を読むことで、そのことが、子どもたちの心のどこかに、少しでも根づいてくれることを願わずにはいられません。



せいめいのれきし
バージニア・リー・バートン作/いしいももこ訳/岩波書店/1,680


翻訳出版されて44年になるこの絵本、今でも読む人に明るい未来を感じさせてくれます。作者が病気療養中に描いたもので、最後の作品になったことを訳者の石井桃子さんからうかがいました。まさに作品の「いのち」の無限を感じます。


赤ちゃんのはなし
マリー・ホール・エッツ作/坪井郁美訳/福音館書店/1,470


性教育の本はないかと来られるお客さんに「そんな内容ではないけれど、結果的に性教育以前のもっと大切なことがわかる絵本です」と手渡しています。



おおきな木のおくりもの
アルビン・トレッセルト作/あすなろ書房/1,575


元気なときも、弱ってからも、そして朽ち果てていく時も、静かに、他の生きものをはぐくむナラの木。声高に自分を誇示したがる人間とは、なんという違いでしょう。

2月のテーマ 秘密の花園

 自然のすばらしさ感じて

 立春をすぎても、寒い日が続きます。バラの肥料やりや落葉樹の剪定などの冬場の庭仕事は、楽ではありませんが、なぜか心が弾みます。

 ここ西原村に引っ越してきて、しばらくは草ぼうぼうだった裏庭。長男が結婚して店をついでくれたのをきっかけに始めた庭仕事が、今や私にとって一番の楽しみになりました。そんな時に読んだ「秘密の花園」。球根が芽を出し、ツルバラが芽吹く前の花園に入り込んだ、主人公メアリの驚きと喜びが、清冽な水のように、私の心を満たしました。


 そして、ふと、優れた子どもの本のあちこちに見られる木々や草花が、その物語になくてはならない重要な存在を占めていることに気がつきました。

 二人の子どもが秘密の花園のおかげで生まれ変わっていくという、そのものズバリの物語ではないにしても、いつかこの欄でとりあげた「トムは真夜中の庭で」のイチイの木やヒヤシンス。「こぎつねルーファス」や「ピーターラビット」が、気を静めるために、飲ませられるカミツレ(カモミール)茶。「まぼろしの白馬」にでてくる馬の名前ペリウィンクル(別名ツルニチニチソウといって仔馬が跳ねるように生え広がります)、そして、この物語の大きなカギを握るサーモンピンクのゼラニュウムなど数え上げればきりがありません。

 これらの作品でもわかるように、いつの時代も、人が木々や草花を求めるのは当然だと思うのですが、今や、身近に自然を感じることのできない、都会暮らしの子どもたちが、多くなりました。だからこそ、せめて物語の中ででも、かぐわしい花の香り、目に染みる木々の緑と、そこに満ちている空気など、自然のすばらしさを感じてほしいのです。


 ありがたいことに、木々や草花に囲まれて老後を過ごせる私は、このあとすぐに、ショベルやハサミを持って庭に出て,寒さにふるえながらがんばっている球根の芽や、ぷっくりふくらんだバラの芽の見回りをするつもりです。そして、年甲斐もなく、来る春の秘密の花園(?)を夢見るのです。


秘密の花園 上・下
バーネット作/山内玲子訳/岩波書店/各714


 両親をなくし、田舎のおじさんの大きな屋敷に引き取られたメアリと、寝たきりの少年コリンが秘密の花園をよみがえらせ、そのことで、ふたりとも、よみがえるのです。人間にとって本当に大切なものを教えられます。(小学校高学年から)


ピーターラビットのおはなし
ビアトリクス・ポター作/いしいももこ訳/福音館書店/735

 ピーターラビットの絵本全21巻の中の1巻目です。キャラクターのみが一人歩きしている感のあるこの絵本。幼い子どものものと思っていらっしゃいませんか?ぜひ大人も、お読みになることをお薦めします。(小学校低学年から)


まぼろしの白馬
エリザベス・グージ作/石井桃子訳/岩波書店/756


「読めば読むほどおもしろい、ふしぎなおはなし」中川李枝子さんがあとがきを書いていらっしゃいます。孫が卒園記念に持ち帰ったピンクのゼラニュウム、この物語のサーモンピンクのゼラニュウムにかさねて大事に育てています。(小学校中学年から)

1月のテーマ 肝っ玉かあさん

子を支えた愛と絵本の力

 子どもの本屋を開店して二十六年、過ぎてしまえば、あっという間でした。けれども一方で、ときおり、その長さ、重さを感じる出来事もあります。

 昨年末、どこか、見覚えのある中年の女性が店に入ってこられ、まわりの絵本をながめては、「なつかしい!」を連発されました。もっとも、私どもの店では、開店以来、全く変わらない定番の絵本を数多く置いておりますので「なつかしい」とおっしゃるお客さまは決してめずらしいことではないのですが、二言三言交わすうち、すっかりボケたわたしの脳裏に十数年前のことがよみがえってきました。

 この方は、まさに肝っ玉かあさんを絵に描いたような人で、当時、学校に行きたがらないご長男に読んであげるために、せっせと絵本を買いにおいでになりました。我が家の三男が、やはり登校を拒否して、小学校三年の一学期間、ほとんど学校に行かなかったこともあって、同病相哀れむ立場で、いろいろお話をしたことを思い出したのです。

 結局、小学校しか行かなかったこのお子さん、いまは、立派なパティシエ(お菓子作りの職人)になって、さきごろあるコンクールで優勝されたとのことでした。そして、その原動力になったのが、ともに楽しんだ絵本のおかげだ、ときっぱりとおっしゃいました。たとえば、与えられたテーマに対してパッとイメージが湧き、それを、ケーキ作りに生かすことができるのだそうです。

 たった一学期間の登校拒否におろおろした私などからすれば、こうなるまでの十数年、お母さんのご苦労は、いかばかりかと頭が下がります。現在のお子さんを支えたものは、絵本だけの力ではなく、大きな気持ちで温かく見守られた、肝っ玉かあさんの愛の力があったからでしょう。絵本の力もさることながら、ゆったりと、ともに楽しむ人があってこそだということを実感させてもらえた、うれしい再会でした。


ちいさなヒッポ
マーシャ・ブラウン作/うちだりさこ訳/偕成社/1,260


 ヒッポはカバの子どもです。おかあさんは、とてもたのもしく、いっしょだったら怖いもの知らず。まさに肝っ玉かあさんです。読んでもらう子どもたちは、自分の母親に重ねて安心して眠りにつくことでしょう。(3歳くらいから)


マリールイズいえでする
N・S・カールソン作/星川菜津代訳/童話館出版/1,470


 まあ、いわば反抗期でしょうか? さんざん悪さをして、おかあさんにおしりをぶたれたマングースのマリールイズは、家出をします。こんなとき自信のあるおかあさんはあわてません。さて、この肝っ玉かあさんは―。(3歳くらいから)


さとうねずみのケーキ
ジーン・ジオン文/グレアム絵/わたなべしげお訳/アリス館/1,470


 お城で働く、見習いコックのトムは、ケーキ作りが大好きです。ある日、ケーキを一番上手に作った者を料理長にするとのおふれがありました。さて―。二男が手掛けた絵本、ついうれしくなって、パティシエになられたお子さんに、プレゼントしてしまいました。(4歳くらいから)

12月のテーマ クリスマスの意味


信じることの大切さ 実感

 クリマスといえば、サンタ・クロース。子どものころ、はっきり言って、主役のイエス・キリストの存在は、どうでもいいものでした。

 祖父母の家でクリスマスを迎えたとき、牧師であった伯父の、退屈なお祈りが早く終わって、サンタ・クロースに扮した祖父が大きな袋をかついであらわれるその時を、ひたすら待ったものです。

 サンタの存在を信じなくなってからも、姑息にも信じたふりをして靴下をつりさげてみたりしたけれど、戦後の生活の苦しい我が家に、サンタは来てくれませんでした。

 世界中の人々がその誕生日を祝うイエス・キリストのことを、子どもたちに説明することは、とても難しいことです。けれども、さいわいにしてキリストの思想は、多くの児童文学にも大きな影響を与え、これを読む子どもたちに、いろいろな形で、その深い意味を伝えています。

 そういう作品は、私たち凡人が、どんなに言葉をつくしても伝えられない思いを、みごとに形にしてくれているのです。

 愛の力が人を救うというアンデルセンの「雪の女王」などはその代表といえる気がしますし、ディケンズの「クリスマス・キャロル」や「トルストイの民話」などからも、世紀を超えたイエスの思いがとてもわかりやすく伝わります。

 「クリスマス人形のねがい」の、偶然にみえるできごとが積み重なって、しっかりと幸せな運命に結びつく結末は、まさにイエスの言う、願うこと、信じることの大切さを実感させてくれる、すばらしい作品です。

 今年も暗いニュース、腹の立つニュース満載の年でした。それに反比例するように、信じられることが少なくなっていくような気がして残念です。こんなときこそ、これらの作品で、子どもだけでなく大人も、クリスマスの本当の意味を再確認したいものです。



クリスマス人形のねがい
ルーマー・ゴッデン作/掛川恭子訳/岩波書店2,100


 値段の高さにもかかわらず、この時期一番売れる絵本です。かなり読み応えがあって、幼いお子さんには無理ですが、バーバラ・クーニーのすてきな挿絵もこのお話を引き立てていて、ぜひ一度は読んで欲しい一押しのクリスマス絵本です。(小学校低学年から)


雪の女王
アンデルセン作/大塚勇三訳/福音館書店/892


 この作品集の中には、クリスマスを舞台にしたおなじみの「マッチ売りの女の子」も含まれていますが、やはり、表題の「雪の女王」をぜひ読んで欲しいと思います。高価な豪華本もありますが、この場合、手軽に手に取れる文庫をお薦めします。(小学校高学年から)


クリスマス・キャロル(少年文庫)
ディケンズ作/脇明子訳/岩波書店/672


 三人の幽霊たちから過去、現在、未来を見せられてケチで気難しいスクルージは、次第に変わっていきます。巧まざるユーモアがあって最後まで引きこまれるこの作品、むしろ、大人が読んで自らを見直すべき作品かもしれません。(小学校高学年から大人まで)

(掲載日2007.12)

11月のテーマ(その2) 夢広がる図鑑

情操教育に役立つ一面も
 
 子どもたちは動植物の図鑑が大好きです。図鑑以外には、目もくれないというお子さんも結構いらっしゃいます。

 一方、「図鑑は単なる知識の本なので、いわゆる情操教育に役立たつ、ほかの本を読んでほしい」と思っていらっしゃるおかあさんがたも多いようです。
でもちょっとお待ち下さい。そんなふうに決めつけなくてもいいのではないか、とこの頃思うのです。

 ここ西原村に引っ越してきて、草ぼうぼうの庭をなんとかしなければ、と始めた庭仕事にすっかりはまってしまいました。そして、木や花の図鑑や、育てかたの本、薔薇の写真集、園芸雑誌など、次々と買い求め、今や寝室の本棚やベッドのまわりは、その手の本であふれております。

 そして、それらを眺めていると、あそこにこれを植えて、ここにはこれを植えてと、心の中にはすでに、秘密の花園が浮かんでくるのです。現実は、夏の薮蚊や雑草との戦い、寒風吹きすさぶ中での穴掘りや剪定など、そう簡単にはまいりません。が、その出発点となる原動力を与えてくれたのが、これらの図鑑類でした。


 話を子どもたちの図鑑に戻しますが、一口に図鑑といっても、単に動植物を系統別にならべて解説したものから、一つの生き物を詳しく追求したもの、あるいは、飼育や、栽培の方法を教えてくれるもの、季節を追って、どの時期にどんな昆虫がどんな生き方をしているかを写真でみせてくれるものなどさまざまです。


 図鑑でも出来不出来はあるし、いわゆる物語とは違いますが、大人が素晴らしい薔薇の写真にため息が出るように、子どもたちも始めて見る自然界の生き物の写真や絵に驚いたり感激したりするに違いありません。そして、そこから広がる夢は、決して、子どもの情操教育と無縁だとは思わないのです。



今森光彦 昆虫記
今森光彦写真・文/福音館書店/3,660


 昆虫に興味のあるお子さん必見の大型写真集。写真家の今森氏が季節の移り変わりとその季節の昆虫の生態をつぶさに観察してすばらしい一冊の写真集に仕上げています。世界の昆虫の驚くべき写真集「世界昆虫記」もあります。4歳くらいから)


飼育栽培図鑑
有沢重雄文/月本佳代美絵/福音館書店/1,680


 我が家の孫の愛読書。まったく字も読めない頃からこの図鑑を引っ張り出してきていました。おかげで玄関や居間をカブトムシの幼虫、カメ、魚が占拠しています。このシリーズは「冒険図鑑」など、他に七冊あります。(小学校低学年から)


野菜とくだもののアルファベット図鑑
ロイス・エイラト作/木原悦子訳/あすなろ書房/1,575


 自然界のものを描かせたら右に出るものはない作者の、野菜と果物の図鑑。アルファベット順に書かれたこの図鑑は、まさに図鑑の域を出た美術作品。巻末にていねいな解説付き。

(掲載日2007.11)
11月のテーマ ファンタジー


現実より深い真実描く

 ファンタジーというと、どんなイメージを抱かれるでしょうか?

 現実にありえない世界、夢物語、ややもすると荒唐無稽な世界を描いたものというふうにとらえられることもあるような気がします。現にそんな理由で「ファンタジーはきらいだ」という子どもたちも多いようです。

 かく言う私も、父に読んでもらった「ドリトル先生」や中学生の頃読んだ「クマのプーさん」をのぞくと、楽しんだファンタジーの数はあまり多くありません。どちらかというと苦手だったように思います。けれども今にして思えば、本当に優れたファンタジーに出会わなかっただけのような気がするのです。


 大人になって、数多くのファンタジーに出会いました。優れたファンタジーとは何かを定義することは難しいのですが、一つだけ言えることは、現実の枠を取り払ったところで、現実よりももっと深い真実を描いたものといえるでしょうか。

 つい先ごろ、ご主人がイギリス人のご夫婦が3人のお子さんをつれておいでになりました。「なつかしい!」とお買い求めいただいたアーサーランサムの「ツバメ号とアマゾン号」のほかに子どもの頃、動物が出てくる本をとても楽しく読んだのだけど、とのおたずねだったのですが、とうとうわからず、連絡先をお聞きしてお引取り願いました。

 その夜、主人の、もしかしたら「たのしい川べでは?」 の一言にピンと来てお電話をさしあげると大当たり。「ツバメ号とアマゾン号」は私が子どもの頃出会いたかったイギリスの代表的リアリズム、そして「たのしい川べ」は私の大好きなファンタジーの筆頭。それが優れたものであれば、リアリズムだろうがファンタジーだろうが関係ないのだと納得すると同時に、“優れた本は国も時間も超えるのだ!”と実感しました。


たのしい川べ
ケネス・グレアム/石井桃子訳/岩波書店/2,100円/少年文庫は798

 静かな川べで、モグラやネズミやヒキガエルたちがくりひろげるほほえましい事件の数々。詩情ゆたかな自然を舞台にした物語は、子どもたちの心にえもいわれぬ充実感を残すちがいありません。(読んであげるなら小学校中学年から)



ライオンと魔女
C・S・ルイス作/瀬田貞二訳/岩波書店/1,785円/少年文庫は714

 昨年映画化され話題になったナルニア国物語の一巻目。古い屋敷のたんすから異国ナルニアにはいりこんだ4人兄妹のお話。読み終わった後、ジグソウパズルの最後のコマがぴたりとはまったような納得のいくお話。(小学校高学年から)



トムは真夜中の庭で
フィリッパ・ピアス/高杉一郎訳/岩波書店/1,995円/少年文庫は756

C・S・ルイスは、「十歳で読む価値のあるものは、五十歳になって読み返しても価値のあるものでなければならない」といっています。この作品は六十を超えた私にもそのことを実感させてくれました。(小学校高学年から)

(掲載日2007.11)

10月のテーマ 赤ちゃん絵本


大人が読んでくれる喜び

 子どもの本屋を始めた当初から、ちょっと気になることがあります。それは、お客さんの中で赤ちゃんを連れたお父さんお母さんの割合がとても多いことです。

 首も座らない赤ちゃんを抱っこして、「この子に読んであげるにはどんな絵本がいいでしょうか?」とたずねられることもしばしばです。

 子どもたちは、絵本をしゃぶったり破ったりのおもちゃがわりから、ある音や言葉に反応して喜び、場面、場面に興味を示し、そのうち、お気に入りの絵本を持ってくる、というような段階を踏むようです。

 そういう意味では、いわゆる赤ちゃん絵本を無意味だとは思いません。けれども、その頃までは、絵本の内容よりも、絵本を持っていくと、大人が、自分のために読んでくれるという行為自体がうれしいからのような気がします。そこで、本の持つ本来の意味を考えてみると、実はその後の幼児期からが、とても大切だと思うのです。


 優れた本は、どんなに簡単な絵本でも、深いメッセージを持っています。ですから、そのメッセージを理解できるようになるまでは、それほど本にこだわる必要がないと思うのです。

 ところが、三、四歳になって本を読んでもらうことが本当に楽しくなり、もっと、もっと読みたいという頃になると、面倒になるのか、親のほうが赤ちゃんに対するときより、情熱がなくなっているような気がしてなりません。

 先日、一歳の孫の母親が「わんぱく息子が、いやに静かだと思ったらはじめて一人で絵本をめくって読んでいました」と喜びいさんで電話をかけてきました。はじめての子どもをもった母親が経験する(うちの子が本を読んでいる)という、ちょっとした早合点。でもそれもまた微笑ましく「よかったね!」と、つい、言ってしまいました。


ばしん!ばん!どかん!

ピーター・スピア文・絵/わたなべしげお訳/童話館出版1,575

 楽器の音、乗り物の音、生活の音、音を集めた絵本です。音に興味を示し場面を楽しめるようになったら好きなページを開いて読んであげて下さい。息長く楽しめます。1歳半くらいから)


おやすみなさいおつきさま
ワイズ・ブラウン作/クレメント・ハード絵/せたていじ訳/評論社/1,050


 時間とともに部屋の中が暗くなり窓にはお月さまがのぼります。「おやすみなさい」のくりかえしで、うさぎのぼうやといっしょに幼い子どもたちも眠りにつくことでしょう。2歳くらいから)


きいろいことり
ディック・ブルーナー作/石井桃子訳/福音館書店/630

 一歳の孫がひとりで広げていたのがこの絵本。ブルーナーのこのシリーズ、もっぱら赤ちゃんだけの絵本とされていますが、とんでもない!その証拠に小学生の子どもでもこの絵本をほしがります。(2歳半くらいから)

(掲載日2007.10)

9月のテーマ 動物との暮らし


触れ合いにある深い何か

 ついさきほど大学時代の友達が十七年ほど飼っていた愛犬に死なれ、かなり重度の、いわゆるペットロス症候群に陥っていることを知りました。

そういえば、物心ついてから今までに、犬、猫をはじめ山羊、小鳥、兎、小牛など、いろいろな動物と一緒に暮らした私にも、別れはありました。

 なかでも印象に残っているのは、コウハという一頭の馬です。とてもおとなしい馬で、畑を耕したり、重いものを運んだり、貴重な堆肥となる排泄物を出してくれたりと、なくてはならない存在でした。仕事の合間には私たちを乗せて、ゆっくりと散歩をしてくれたりもしたものです。


 ところが、ある時、知らないおじさんがやってきてコウハをつれていってしまいました。戦後まもない当時、弱った馬を死ぬまで飼っておく余裕のなかった我が家は、なにがしかのお金と引き換えに、コウハを手放したということは子ども心にもわかってはいたのですが、引かれていく後姿を見送りながら、身を捩って泣いたことを覚えています。

 子どもの本には動物と人間の関係を描いたものが数多くあります。今年の6月に久しぶり「やぎと少年」が再版され、小躍りしました。

 この中の「やぎのズラテー」を読むたびにコウハのことを思いだしてしまいます。このお話はハッピーエンドなのですが、何も知らずに少年に引かれていくやぎのズラテーとコウハの姿がどうしても重なってしまうのです。

 今回ご紹介する三つの作品は、ものいわぬ動物と人間の関係は、単に飼う側、飼われる側というものではなく、もっと深い何かがあること知ってほしいという思いをこめて選んでみました。


やぎと少年
アイザック・B・シンガー作/工藤幸雄訳/岩波書店/2,100

ユダヤ人としてはじめてノーベル文学賞を受賞したシンガーはニューヨークにいたおかげでナチスによる迫害を免れました。故郷ワルシャワをしのび書き続けた作品はあくまで明るく、温かく、そして深いのです。(小学校中学年から)


ペニーさん
マリー・ホール・エッツ作/松岡享子訳/徳間書店/1,365

 「もりのなか」などでおなじみのエッツのデビュー作。エッツがそのまま貧しい一人暮らしのペニーさんになって、動物たちと繰り広げる物語は何度読んでも心に沁みます。(小学校低学年から)


15
歳の夏
(ハートランド物語、第1)
ローレン・ブルック作/勝浦寿美訳/あすなろ書房/998

 久し振りに面白い新刊に出会いました。帯には「傷ついた馬のためのケアセンターを舞台に繰り広げられる青春ストーリー」とあります。すでに5巻まで出ていますが、続編を待つのは私だけではありません。奨めた人のほとんどが続編を求めに来られます。(小学校高学年から)

(掲載日2007.9)

8月のテーマ トルストイに託して


「戦争の愚かさ」気付く


 終戦記念日を迎えるこの時期、戦争に関する出版物が目につきます。子どもの本の世界も例外ではなく、戦争を題材にした絵本などの問い合わせが増えるのもこの時期です。

小学校の頃、学校で、広島に落とされた原爆の映画を見せられたことがありました。けれども、ただ恐くて、上映中、ほとんど膝に顔を埋め耳を塞いでいたことを鮮明に覚えています。

   その経験からも、子ども(特に幼い子ども)にとって、大人が勝手に引き起こした戦争の悲惨さを見せつけるということに疑問を感じます。悲惨さをみせつけられた子どもは、恐いという思いと、その悲惨な目にあわせた相手に対する憎しみの思いだけを強く感じ、どうして戦争が起きるのか、戦争を起こさないためにはどうしたらいいのか、という肝心なことを理解できずに終ってしまいかねない気がするのです。

三年前に亡くなった父、北御門二郎が、戦争の愚かさに気付いたのは十七歳の時、友人の本棚にあったトルストイの「人は何で生きるか」を手にしたのがきっかけでした。時、あたかも第二次世界大戦の真っただ中、かろうじて兵役を拒否できたのも、トルストイの民話に出会えたおかげだったようです。

実は、生前、「トルストイの作品を読め、読め」という父の言葉を「わかった、わかった」と聞き流していたところがありました。もちろん読んでいたつもりだったのですが、本当には読んでいなかったのかもしれません。父の死後、民話集「トルストイの散歩道」(全5)の出版の話が持ち上がり、作品の解説を書くという重責を負わされました。おかげで、遅まきながら、父の祈るような思いが本当に分かったような気がしました。

 父の3回忌を迎えた今、トルストイと、そしてその作品を翻訳してくれた父を持ったことを、今、かけねなしにありがたいと思います。


人は何で生きるか
レフ・トルストイ作/北御門二郎訳/あすなろ書房/945


人は何によって生きるのか?という根源的な永遠の課題。混迷の時代を生きる大人だけでなく、子どもたちにもやさしく、わかりやすく答えたトルストイの民話の代表作。小学校高学年から


イワンの馬鹿
レフ・トルストイ作/北御門二郎訳/あすなろ書房/945


「戦争をなくすためには馬鹿なイワンを見習うべきだ」とイワンと同じ百姓生活70年。生前の訳者である父を支え続けた民話の一つ。今やっと父の気持ちが分かります。小学校高学年から


愛あるところに神あり
レフ・トルストイ作/北御門二郎/訳/あすなろ書房/945

表題の作品のほかに収録されている「火の不始末は大火のもと」は、まさに、なぜ戦争が起きるのかそして、それを避けるにはどうすればいいか、トルストイの祈りが伝わります。小学校高学年から

(掲載日2007.8)

7月のテーマ あくたれ坊主

心の奥 見直す きっかけに

 水前寺に店を開いてまもなくの頃、近所に4歳くらいの男の子がいて、手を焼いたことがありました。しょっちゅうやってきては、店の中を駆け回るわ、本はほうりなげるわ、あげくの果てに、大切な我が家の子ネコを、バケツの水に投げ込むわ。なんとか静かにさせようと、色々やってみたのですが、ムダでした。

 ある日、半ば諦めつつも本を読んでやっていると、ふと足を止めたあくたれ坊主が、横目でチラチラと見ていました。その夜「ここで読んでもらったネコの絵本がほしいと言うのですが」とおかあさんが買いにこられたのが『あくたれラルフ』でした。

この絵本を読んだ後、彼のあくたれが治ったかどうかわかりません。けれども、それから十数年ぶりにお見えになったお母さんから、「そのあくたれ坊主はとてもおとなしい大学生になりました」と報告を受けました。そして、いつも、甲斐甲斐しく、そのあくたれ坊主の面倒を見ていた(かに見えた)お姉ちゃんが「実は、子ネコをバケツにいれさせたのは私です。犬は犬掻きするけど猫はどうかな?と思って―」と、告白してくれました。積年の、あくたれ坊主への誤解が解けるという、うれしいできごとでした。

子どもにとっては、ちゃんと訳がある行動も、大人の側から見ると、とんでもないということはよくあることです。それに、子どもだって大人の都合で振り回されて、イライラすることもあるでしょう。ですから、もう少し余裕をもって見ていけたら、などと言うと「そんな余裕などありません」と言う声が聞こえてきそうです。

 はるか昔とはいえ3人の息子を育てた身、その大変さは、身にしみています。まわりに迷惑をかけながら、アタフタと日々をやり過ごすのが精一杯だったことへの自戒の念もこめて、申し上げるのです。今回は、子どもたちが満足するということはもちろん、そんな子どもたちの心の奥を見直すきっかけになることを願って、この三冊をとりあげました。


あくたれラルフ
ジャック・ガントス作/いしいももこ訳/童話館出版/1,575

大変なあくたれネコのラルフは、とうとうサーカスにおいてけぼりにされ、さんざん苦労したあげくもう二度とあくたれまいと思うのですが、さて―。この結末があくたれ坊主をひきつけた所以なのでしょう。(4歳くらいから)


ぐらぐらの歯(きかんぼのちいちゃいいもうと その1
ドロシー・エドワーズ作/渡辺茂男訳/福音館書店/1,155


おねえちゃんの目から見た形で書かれたこのおはなし。きかんぼのいもうとの行動の奥をのぞき見るようで、なるほどとうなずくことばかり。ぜひ親子で楽しんで。(小学校低学年から)


かいじゅうたちのいるところ
モーリス・センダック作/じんぐうてるお訳/冨山房/1,470


おおあばれするマックスは、寝室にほうりこまれてしまいます。なすすべのないマックスは想像の世界で、かいじゅうを思う通りにあやつることで鬱憤を晴らすのでしょう。

(掲載日2007.7)

6月のテーマ お話のユーモア

親子で笑い転げましょう

 所用で上京した際、時間が空いたので、生まれて初めて、新宿の末広亭で寄席を楽しみました。出し物のすべてが面白かったわけではないのですが、ある古典落語に、主人と二人、お腹がよじれるほど笑い転げました。

 その時とても不思議な光景を見ました。一人のインテリらしい男性が、脇の桟敷席にあぐらを組んで、クスリとも笑わず、ノートになにやらメモをしているのです。いかにも落語の研究をしているという風情でした。

 生前、父は、「トルストイ研究家」と呼ばれることを大変嫌がって「自分はただトルストイが好きでたまらないひとりの人間にすぎないのであって、トルストイ研究家などではサラサラない」といつも言っていました。

 開店七周年の記念にストーリーテラーの第一人者である、まさきるりこさんと、そのお友達が手弁当でおいでになり、数十人のおかあさま方の前で、ストーリーテリングをしていただいたことがあります。そのときの「クマのプーさん」のお話に、最後部の席でクックッと笑っていたのは主催者の私たちだけで、終わった後「まるで壁に向かって話しているようだった」と言われて大変申し訳ない思いをしたことも思い出しました。

 寄席も本も楽しむものであって、ユーモアにふれても笑えない研究をして、いったいなんになるのだろうと、不思議に思います。第一もったいないではありませんか。

 今回は、読みながら思わずニヤリとするものや、クックッと笑いがこみあげるもの、快哉を叫びたくなるような痛快なユーモアなど、色々なユーモアを味わえる作品を選んでみました。その場かぎりの哄笑をさそうものではなく、いつまでも余韻の残るユーモアたっぷりのお話を読んで親子で遠慮なく笑いませんか?


たくさんのお月さま
ジェームズ・サーバー文/なかがわちひろ訳/徳間書店/1,680

病気になったおひめさまのほしいものはお月さま。呼びつけられた大臣も魔法使いも偉い数学者も頭を抱え込んでしまいます。最後に呼ばれた道化師は―。(小学校低学年から)


クマのプーさん プー横丁にたった家
A・A・ミルン作/石井桃子訳/岩波書店/2,205

だれでも名前だけは知っているプーさん。残念なことに、原作のプーさんを読んだことのある人は少ないようです。ぜひ本物で極上のユーモアを。(小学校中学年から)


太陽の東 月の西
アスビョルンセン編/佐藤俊彦訳/岩波書店/714

山と森の国ノルウェーの楽しい民話です。「家事をすることになっただんなさん」「地主のはなよめ」など思わず快哉を叫びたくなる愉快なお話です。(小学校中学年から)

(掲載日2007.6)

5月のテーマ  ひとりの世界

自分だけのワクワク

 五月の大型連休が終わると、登校、登園が嫌になる子どもたちが増えると聞きます。我が家の三男も小学校三年生の時、一学期間ほとんど学校にいかない時期がありました。正直、親の私も少々あせりはしたのですが、私自身子どもの頃、学校が嫌いでよくずる休みをしていた経験があったので、むりやり登校させるということはしませんでした

子どもたちがひとりで行動することを、良しとしない風潮があるのは、昨今の物騒な事情のせいばかりではないような気がします。もちろん、私たちはひとりで生きていくことはできません。けれども、子どもとて色々な問題を抱え、そのことを反芻し、整理し、リフレッシュする時間が必要なはずです。いつも集団生活の中におかれている子どもたちにとって、そういう時間があまりにも少ないような気がするのです。

 子どもの頃、ひとりで家のそばを流れる谷川をさかのぼったことがあります。小さな滝の脇の岩をよじのぼって、しばらくいくと、鏡のような淀みが現れて、サッと魚影が走るのを見たときのゾクッとするような感激は、ひとりだったからこそのような気がするのです。

実は、子どもの本には、一人でしか体験できない世界を描いたものが、たくさんあります。「もりのなか」は、「ぼく」がたったひとりで紙のぼうしをかぶり、新しいラッパを持って森に出かけるところから始まります。「わたしとあそんで」はひとりで原っぱにでかけ、そこで出会う生き物たちとのお話です。

 三冊目の「ブルーベリーもりでのプッテのぼうけん」は、お母さんの誕生のお祝いに、季節はずれのコケモモとブルーベリーを探しに、ひとりで出かけるプッテのお話です。そこには、ひとりだからこそ味わえる、わくわくする世界があるのです。そして、これらの絵本を読んでもらっている時、幸いなことに子どもたちはひとりの世界にはいることができるのです。

 もりのなか
マリー・ホール・エッツ作/まさきるりこ訳/福音館書店/945

出版以来四十四年いまだに読み継がれているロングセラー。優れた作品は古くならないという見本のような一冊です。

 わたしとあそんで 
マリー・ホール・エッツ作/よだ じゅんいち訳/福音館書店/1,050


絵本の中だけでもこんな時間をもてたら―と思います。多くの色を使わないエッツの絵が原っぱのさわやかな空気を感じさせてくれます。

 ブルーベリーもりでのプッテのぼうけん 
エルサ・ベスコフ作/おのでらゆりこ訳/福音館書店/1,365


前の二冊とは一変して、カラフルなファンタジー絵本。開いた時、左のページが真っ白なのは想像力をより膨らませるためでしょうか?

(掲載日2007.5)


4月のテーマ  ともだち つくろう

生きていく力になれば

 数多くの優れた子どもの本を手がけてこられた石井桃子さんが、三月で百歳の誕生日を迎えられたことは、ご存知の方も多いことでしょう。驚いたことに、百歳にして岩波書店の『図書』三月号に「三ツ子の魂」という巻頭の文を寄せられていました。

思い返せば百歳までの生き方を決めたのは、三歳くらいの頃、お祖父さんの大きなあぐらの中で聞いた話だったという、文字通り“三ツ子の魂百までも”の一文。「“子どもの本は根源的な人間の本”という信念が、お祖父さんの懐ですでに生まれていたような気がした」というところでは、深く頷くばかりでした。幼い頃の体験が、その人の一生を左右するという、一つの疑いようのない事実を見た気がしたのです。

子どもの世界は、それほど気楽なものではありません。それは、大人が、子どもの頃を思い出してみるとわかると思います。だからこそ、子どもたちが生きていく力になるようなものに出会って欲しいと思うのです。石井桃子さんには比べようもないのですが、そんな思いで本屋生活二十五年が過ぎました。

今回は、新学期が始まって、子どもたちに「こんな本があるんだよ」と紹介したい三冊を選んでみました。

まず、
『マイケルとスーザンは一年生』。新入生にとっては、緊張を強いられる時期です。友達ができるかどうかは一番の関心事でしょう。

 
『きみなんかだいきらいさ』。子どもの世界でケンカはつきもの、でもこんなにすばやく仲直りができるのも、子どもだからでしょうか。

 そして最近、石井さんが五十年ぶりにしっかりと見直され、手を入れられた
『百まいのドレス』。この一冊こそ、今、問題になっている、いじめに悩んでいる子どもたちだけでなく、すべての人に読んで欲しい本です。「子どもの本は根源的な人間の本」という石井さんの言葉の意味が、きっとわかるはずです。

百まいのドレス 
エレナー・エスティス/作 石井桃子/訳 岩波書店 1,680円 

いつも同じ服を着ているワンダが百枚のドレスを持っていると言います。誰もがいじめの加害者になりうる危うさと素晴らしい結末は読む人の心に響きます。



マイケルとスーザンは一年生
 
ドロシー・マリノ/作/まさきるりこ/ 訳アリス館1,365円 

誕生日に偶然であったマイケルとスーザンは、同じ学校に行くことになります。二人をとりまく温かい家族と、新入生の緊張感が伝わります

きみなんかだいきらいさ 
ユードリー/文 センダック/絵 こだまともこ/訳 冨山房 630円 

みずぼうそうにも一緒にかかるほどの仲良しだったジョンとジェームス。ある日大ゲンカ。でもしばらくするとさびしくてたまりません。


(2007.4.12)