嬉しい「やぎと少年」の再版
●優れた物語の力
 ある小学校で、本を読む機会があり、一番最後に、5・6年生に「やぎと少年」の中の「やぎのズラテー」を読みました。

 その前に読んだ「王さまと九人のきょうだい」は、ワッ!!と盛り上がる話で、どんな子どもでも、受け入れてくれる絵本でしたが、この「やぎのズラテー」は、読むまえにずいぶん迷いました。ずーんと心の奥深くしみ込むような話で、私は大好きなのですが、果たして、子どもたちが聞いてくれるかどうか、自信がなかったのです。

 けれども、それは私の杞憂に終わりました。150人という、とんでもない数の(読み聞かせには多すぎる)子どもたちが、水を打ったように静かに聞いてくれたのです。ずいぶん前のことですが、そのことは今でも忘れません。
 
 嬉しいことにしばらく品切れになっていたこの「やぎと少年」が復刊されました。7つのお話が入ったこの短編集は「やぎのズラテー」を除くと、とてもユーモアのあるお話ばかりです。なかでも「ヘルムのゆき」は何度読んでも笑いが込み上げてきます。けれどもあらためて読んでみて、ユーモアのなかに、だれも真似できない「深み」のようなものを感じました。

●深い人間愛
 作者のアイザック・B・シンガーは実は、ポーランド生まれのユダヤ人です。この作品も原作はイディシ語で書かれています。アメリカに移り住んだおかげで、死を逃れ、ノーベル文学賞を受賞し、「イディシ語の作家としてノーベル賞を受ける最後の作家」と言われました。

 長い間、迫害を受けつづけた人間の一人として、深い人間愛と平和への思いが作品の底にある様な気がします。そして、その挿絵を描いたのが、やはり、ユダヤ人の血を引く、かのモーリス・センダックなのです。

 アイザック・B・シンガーの作品は他に、「お話を運んだ馬」、冨山房から出ている絵本で、「メイゼルとシュリメイゼル」などがあります。是非ご一読をおすすめします。
(執筆 小宮楠緒 2000年6月)